特集 1
Interview

学びを止めないために

副学長からのメッセージ

2020年から2021年にかけて、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、政府から発令された緊急事態宣言に伴い、休校措置および青山・相模原両キャンパスで入構制限措置がとられるなど、前例のない状況となりました。2020年度は、対面での実施が可能と判断した授業を除き、原則オンラインで行われました。大学での学びを途切れることなく継続するために、どのような準備等を経て実施されたのか 、その中での課題や今後の方向性について、稲積宏誠副学長に聞きました。

副学長(学務及び学生担当)、
社会情報学部 社会情報学科 教授

稲積 宏誠

1956年生、早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程退学。工学博士(早稲田大学)。1993年本学理工学部に就任。情報科学研究センター副所長、理工学部教務主任、2004年より理工学部長・大学院理工学研究科長、2010年より社会情報学部長・大学院社会情報学研究科長、2016年より学生相談センター所長をそれぞれ歴任。電子情報通信学会、人工知能学会、情報処理学会等に所属。

限られた準備期間の中でオンライン授業が開始されました。
試行錯誤された点などをお聞かせください。

2020年度は、前期授業開始日の5月1日までの約1か月間ですべての準備をする必要がありました。教員には、授業支援システムとして以前から本学で稼働していた「CoursePower」に加えて動画配信システム「Webex」を導入し、その上で、情報メディアセンターが「オンライン授業支援サイト」を開設して、CoursePowerとWebexの利用方法や、連携方法などの情報提供を順次行っていきました。授業担当者の方々へのサポートについては、担当部署のスタッフをはじめ、多くの方々の支援に委ねました。

また情報メディアセンターと各学部からICTに明るいメンバーが選出されている情報戦略推進委員会を対応の最前線とし、オンライン授業実施のための課題発見やその解決に向けた議論を繰り返し、全学的な情報共有をしながら、進めていきました。

オンライン授業支援サイト

一方、学生がオンライン授業を受けられる環境にあるかということについては、新入生対象に実施された英語のプレイスメントテストの受験状況を参考にしました。新入生は自宅のオンライン環境のもとで試験を受けたのですが、受験率が約95%であったことから、ICT環境は比較的整備されていることが分かりました。

オンライン授業の実施にあたり、教員も学生も必要な機材をそろえて、授業実施のための環境を作っていかなければなりません。通信環境を含めて各自がそれぞれ準備していくことは大変だったと思います。オンライン授業実施に向けた準備については、対面も交えてきめ細かく対応していくことを想定して、授業開始を約1か月遅らせて5月1日からにしたのです。しかし、政府による緊急事態宣言の発令後は、キャンパスへの入構が全面禁止されたため、残念ながら対面でのサポートもできませんでした。学生ポータルやオンライン授業支援サイトで分かりやすく伝えようと努めましたが、学生の皆さんには多くの苦労があったと思います。まさに、オンライン授業という全く未知の取り組みへの準備をオンラインで実施せざるを得なくなりました。

情報科学総合演習(社会情報学部 吉田葵助教)での
グループワークの様子

特に、まだキャンパスにも、本学の情報システムにもアクセスしたことのない新入生を、どのようにしたらオンライン授業の受講が可能になるように導けるか、本学の多くの職員や教員が知恵を絞りました。振り返ると、新入生もなんとかオンラインでの授業に参加できるようになってはいきましたが、それまでにたくさんの苦労があったのだと思います。

オンライン授業開始早々、CoursePower のシステムダウンのハプニングもありました。これは、通常であれば、同一時限に1科目しか受講できませんが、履修登録前はオンラインであればどの科目でも受講できたことによるものでした。学生にとってはとても良いサービスと言えますが、システムには過大な負荷がかかったわけです。これ以外にオンライン授業ならではのさまざまな課題を解決しながら、履修登録終了後はなんとか安定稼働していきました。

試行錯誤のうえオンライン授業が開始

配信する際の配慮や工夫した点をお聞かせください。

オンライン授業には、①ライブ講義を行うリアルタイム型②収録動画を視聴してもらうオンデマンド型③課題の配信による自己学習型の3種類があります。
授業担当者は、授業規模、科目の特性、受講する学生の環境などを勘案して授業形態を決めています。実施してみると、一概にどの形態が良いかは即断できないことが分かります。

オンデマンド型では、繰り返し学習できるというメリットがあることや、リアルタイム型では日頃授業中に発言できなかった人も議論に参加できるといった発見もありました。飛び入りで海外からのゲストが参加したり、バーチャルなグループワークが行えたりと、Web会議システムの機能を活用すると対面ではできない面白い取り組みができることも分かりました。

オンライン授業の定義

また、オンライン授業では、課題が必然的に多くなります。今回は、定期試験を行わなかったため、授業内での評価が求められましたので、授業担当者は授業内で学生に課題を課すことになります。学生の顔が見えていれば、その理解度や取り組みの様子が見えるので、ある程度のさじ加減ができますが、オンラインではそれがないために、課題が多くなってしまいます。そのことが、学生、特に真摯に取り組む学生には大きな負担になっていきました。このことに危機感を覚えた宗教センター、学生相談センターなどが連携し、「少しゆったりしましょう」というメッセージを各教員に向けて発信してくれました。オンとオフ、各部署、担当者それぞれがなんとかオンライン授業をうまく進めようと協力してくれたのだと思います。

ゼミで使用する教室をスタジオにして、
黒板を使った授業(社会情報学部 髙村正志助教)

約20~30%の学生は帰省先に戻って、オンライン授業を受けていました。日本に入国できない留学生も必然的に遠隔からしか参加できません。つまり2020年度については、対面授業が可能な状況になっても、オンライン授業をゼロにするわけにはいきませんでした。このように、オンライン授業の実施を進め、その困難な点だけでなく有効性も発見する中で、今度はどのようにして学生をキャンパスに呼び戻すかを工夫することになります。このことは、まさに学びの「場」であるキャンパスの意義が問われているように感じます。

一方、学生はSNSを使って、サークルの勧誘を活発に行っていました。大学もオンラインでのオープンキャンパスを実施しましたが、このコロナ禍でもめげない「そつのなさ」が本学の学生の強みとも言えます。授業以外の活動で オンラインをいかに活用して実践するかを考えることで、改めて大学やキャンパスというさまざまな仲間と情報を共有する場の意味を考えてくれるのではないでしょうか。青山・相模原両キャンパスに、「知」の拠点があるわけですが、改めてその意味を再認識する良い機会だと思います。

SNSを用い、サークル勧誘を活発に行っていた学生たち
(イメージ)

キャンパスに来られない新入生に対するフォロー等を教えてください。

新入生がキャンパスに入構する機会が少なかったため、2020年8月31日(月)〜  9月4日(金)、青山・相模原の両キャンパスにて、「新入生 Welcome Day」を開催しました。まだまだ混乱の中だったこともあり、大学側も参加者もぎこちなさが残っていたように思います。その後、冬にかけて各学部・学科の独自企画によるWelcome Dayの第 2弾や、オンラインによる交流が種々実施され、教員も学生も徐々に直接的な交流の機会を増やしていくことができました。さらに、コロナ禍で一旦中止になった入学式を2021年3月 31日(水)に行いました。これは、想像以上に、学生にとって意味のあることだったようです。このような様子を見ることができた教職員にとっても、キャンパス機能維持に向けた取り組みの重要性を再認識することができました。これを経て、4月以降、充実した学生生活を送ってもらいたいと思います。

新入生の皆さんを各キャンパスに迎えた「新入生 Welcome Day」

学部の2021年度授業実施方針について確認させてください。

2020年9月に、「2021年度は、原則として面接(対面)授業を実施する方向で準備を進める」と公表しました。この基本方針のもとにさまざまな準備を進めてきました。特に、首都圏の感染状況を見ると予断を許しませんが、学びの継続、学生生活の充実化に向けた取り組みをしていくのが大学の使命です。この1年を通じて多くの教訓を得るとともに、多くの支援ならびに多くの批判も受けてきました。それらすべてを糧として、新しい大学像を求める取り組みを始めていくことになると考えています。

大学での授業(イメージ)

2021年度の基本的な授業運営について

個々の授業は、この1年の経験を踏まえて、多様な授業形態を想定しています。2021年度前期は、開講科目の約7割の対面授業に加えて、約3割のオンライン授業を予定し、通学を前提とした授業運営を行います。

オンライン授業の導入にはさまざまな利点があることは先にも触れました。典型的なのは、繰り返し学習が有効な場合です。さらに、事前学習してもらった上で対面での演習的な授業を実施する反転授業などの有効性も広く認められています。2021年度はこのような取り組みも多く取り入れてもらいたいと希望しています。このように、担当教員と学生が直接的なやり取りを行うことによる対面授業の実施と、それをさらに有効化させるオンライン授業の実施というのが、2021年度の授業実施の目指すところです。ただし、感染状況により、授業担当者や学生の健康維持、学内の感染抑止の観点から敢えてオンライン授業を実施せざるを得ないケースも想定しています。これらを総合的に判断して、2021年度の授業計画が作られています。

青山キャンパス17号館にあるラウンジ

残念ながら、今後の感染状況により再びオンライン授業を中心とした授業形態とせざるを得なくなることも予想されます。しかし、2021年度新入生や2年次生については、可能な限り対面授業を優先して受講できるような体制を整えなければならないと考えています。

2021年度の授業開始にあたっては、教室を含む各施設における感染防止対策、それらの周知方法などを整備し、学内での安全確保に向けた取り組みを行っています。また、学内で対面授業への参加と同時にオンライン授業への参加が共存することが想定されることから、特に、学内の空き教室やラウンジ等の共有施設の利便性強化と情報機器利用環境の整備を行っています。もちろん、図書館、公開PC室、CALL 教室等の施設は、感染防止対策を徹底しながら可能な限り開館・開室していく方針です。今後の感染状況により、どのように運用方針を修正・変更していくかについて問われることが予想されますが、大学としての機能がきちんと発揮できる体制を維持することに注力していきます。

最後に、コロナ禍の中でさまざまな事情を抱える学生への配慮の問題があります。本学は、感染することで重篤化しやすい基礎疾患を有している学生や日本に入国できない留学生など、やむを得ない理由により対面授業への出席に配慮を必要とする学生への対応を行っています。具体的な対応方法は該当する学生との間できめ細かく実施していきます。

コロナ禍における大学の個性・特色についてはどのようにお考えでしょうか。

コロナ禍での対応とコロナ後の対応、それぞれを視野に入れて考えなければならないと思います。特に、この1年間の経験を生かして飛躍できる大学とそうでない大学に大きく分けられてしまう、それほど重大なタイミングだと言えます。

授業で言えば、定型的な学習の部分は、オンラインのコンテンツに集約し、対面が有効な部分、つまり演習部分に人的資源を投入することで、大学の個性や特性、存在意義を示す必要があるでしょう。特に、オンライン授業が容易に受講できることが示されたことによって、オンデマンド型のオンライン授業の標準化も予想されます。したがって、このことだけで大学の個性を発揮させることは難しいことになります。オンライン授業の活用方法に加えて、対面要素をどのように組み合わせるのか、そこに青学の特長を示す鍵があるはずです。このようなことを具体的に実現させていくための個々の教員の力量や組織力が問われることになります。

大学は、教育・研究が基盤です。研究という観点からは、オンラインの有効活用が大学院教育の活性化にも結び付けられることを期待したいところです。特に社会人や地方在住の方々を視野に入れたリカレント教育なども重要な視点です。このような取り組みを推進・支援していくことも大学の重要な役割です。

社会人や地方在住の方々を視野に入れたリカレント教育なども重要な視点(イメージ)

さらに、課外活動の活性化や社会貢献といった研究・教育以外の大学としての役割についても、再構築の良いチャンスでしょう。授業だけでも大学は成立しない、かといって課外活動だけでも物足りない、そのように感じた学生はとても多かったと思います。また、キャンパスに足を運べなくても、大学発信の取り組みに勇気づけられることもあったと思います。さまざまな取り組みのそれぞれにとても大きな意義があるのだと思います。

キャンパスに来られなかった1年間を経験し、大学やそこに所属する自分たちのアイデンティティを考える機会を得ました。物理的、概念的に共有される「場」としての大学を、そこに集う人々、それぞれが前向きにとらえて進んでいけるような状況を生み出していかなくてはならない、と強く感じています。

研究・教育以外の大学としての役割についても、再構築の良いチャンス
(写真はボランティアプログラム「Green Up Project」)

コロナ禍における教育形態の模索
理工学部 化学・生命科学科 教授 長谷川 美貴

本学に限らず、理工系の学部を有する大学では実験がほぼ必修となっています。そのような中、世界中の大学で対面授業ができない状況に陥り、本学もオンライン授業を余儀なくされましたが、教職員やティーチング・アシスタント(TA)が一丸となって、新たに作成した動画教材による実験(「無機化学実験」前期・専門科目:オンデマンド形式)や、グループワークによる課題作成(「無機化学A」後期・専門科目:リアルタイム形式)など、かつてない授業を展開することで、学生のモチベーションの維持につとめました。

また、私の研究室である「錯体化学研究室」とメキシコの研究室とで、緊急事態宣言の直後からウェブ合同ゼミを開始しました。相互の研究発表と議論だけでなく文化も紹介しあい、とても有意義なひとときを共有できました。

これらの体験を踏まえ、大学の教育現場の変化はICTを利活用したパラダイム・シフトの側面が大きく、ポジティブにとらえて良いものと実感しました。

メキシコの研究室とのウェブ合同ゼミ
「青山スタンダード」の授業で用いた実験キット
執行部紹介