学科改組後、初の卒業生が社会に羽ばたく!
「物理科学科」編
2025 1.16
現代の物理研究に必要な実践力が身に付く「物理科学科」
近年の物理研究の潮流を踏まえ、より専門性を高めたカリキュラムを構築するため、2021年4月、理工学部物理・数理学科は「物理科学科」「数理サイエンス学科」の2学科に改組しました。初めての卒業生を送り出す時期を迎え、全2回にわたってそれぞれの学科を特集します。今回は学生と指導教員との対談を通して、物理科学科での学びの特長や進路などについてご紹介します。
「物理科学科」第一期生 × 教員 インタビュー

理工学部 物理科学科 4年 水谷 ありさ
理工学部 物理科学科 教授 三井 敏之
■物理科学科なら、“科学”の根幹を幅広く学べる
三井 物理科学科が新設されてから、水谷さんたち4年生が初めての卒業生になります。水谷さんはどうして物理科学科を選んだのですか?
水谷 小さい頃は、電子レンジや車などの身の回りにあるものの仕組みや、台風や静電気などの自然現象の原理が分からなくて、魔法のように感じていました。高校で物理を学ぶ中でその謎が徐々に解けていくことに面白さを感じ、物理が好きになっていきました。高校物理では物足りず、大学でも物理を学びたいと思っていましたが、電気なのか機械なのか、自分がどれを専門的に学びたいのか決まっていなかったので、幅広くさまざまな分野を学べる物理科学科を選択しました。

三井 物理学は自然科学の根幹をなす学問なので、水谷さんのように大学に入って学ぶ中で改めて自分に何が合っているのか見極めたいという方に向いていると思います。昔は物理というと、例えばブラックホールのような限定された課題があって、素粒子論や宇宙論など、それぞれのアプローチで探求するものと捉えられていました。今はそういった「物理」というより、物理をベースとした化学や生物学、コンピューターサイエンスなど「物理科学」と名前を変えて、研究が広く行われるようになっています。それこそが、物理科学科が新設された背景です。
■豊富な実験・実習で基礎が身に付くカリキュラム
水谷 高校生のうちは、理工学部は実験レポートが大変そうというイメージがあるかもしれません。けれど、レポート自体は何十ページも書くわけではないのでそこまで大変ではないです。ただ、本学の理工学部はどの学科も1年次から実験・実習が多いので、大変に感じる人もいるかもしれません。
三井 1年次には、「物理基礎実験I・II」「化学基礎実験」「電気計測実験」「ものづくり実習」「情報処理実習」という理工学のベースとなる実験・実習を必ず行うことになっています。化学のガラス機器や試薬の扱い方から、旋盤による機械加工、回路の設計、CADの使用方法まで、今後の学びに必要なある程度の素養をここで身に付けておくわけです。

水谷 私は特に「ものづくり実習」での機械工作が面白かったです。
三井 理工学部全員が機械工作の実習をするのは日本でも本学くらいじゃないでしょうか。実験・実習に加えて、1年次は「基礎物理数学」などの数学科目を学び、数学をツールとして活用できるようにします。2年次からは、一般的な大学物理の基本である「量子力学I」「電磁気学」を学び、3年次からは「宇宙物理」「超伝導」「先端応用光科学」などさまざまな専門科目を選択して学んでいきます。2・3年次に行う「物理計測基礎実験I・II」「物理専門実験I・II」では、真空装置やレーザーを使ったり、超伝導体を自ら作成したりして、実際に物理現象を実験観測することで理解を深めていきます。医療現場で使われている検査機器への応用など、物理現象が身近な技術にどう生かされているかまで学べるようなカリキュラムにしています。

水谷 高校の頃と比べると学ぶ内容はレベルアップし、学年が上がるにつれて授業がより専門的になっていくので、授業内ですべてを理解するのは難しかったです。授業時間には限りがあるので、物理法則の説明や公式の紹介だけで終わってしまうことが多く、自分で手を動かして問題を解く時間があまりありません。そこで必修ではありませんが、「数学演習A・B」や「物理学演習I」などの必修科目とセットになっている演習はすべて履修するようにしました。ティーチングアシスタント(TA)の方の助けを借りることもできますが、できる限り自分で解くように心がけたことで、思考力が磨かれたと思います。
三井 演習の授業では大学院生のTA数人が教室内を見て回っているので、分からなかったらすぐに質問できる体制になっています。友達同士で相談するのもありです。教授や若手の教員、大学院生といった物理科学科全体で学部生を育てるような雰囲気があるなと思います。
■現代の物理研究に不可欠なプログラミング技術も習得
水谷 2年次からはプログラミングやAIのスキルを学ぶ演習もあります。2年次の「コンピュータプログラミング演習」では、C言語の基本を学んだ後に自分でプログラミングを行うのですが、求めている出力値になるまで何度も試行錯誤しました。
三井 4年次以降で本格的に実験を行っていく上でのベースとして、1~3年次では実験装置というハードとプログラミングというソフトを両方学んでいきます。近年の物理研究においては、数値解析のプログラムやアプリを使いこなす力が不可欠です。そこで、物理科学科では従来のカリキュラムを見直し、実験実習を通してPythonなどのプログラミング言語を使った機械学習や、MATLABという世界共通のツールを用いた数値解析などを学べるようにしています。
水谷 4年次からは専門分野を選択し、所属する研究室で卒業研究に従事しますが、研究室でもPythonやMATLABのプログラミング技術は使用します。今は自分で考えなくてもAIにプログラムを書かせることができるようになりましたが、AIに書かせたものを理解していなければ、それが最適なものなのかが分からず、修正を加えるのにも苦労します。今振り返ると、プログラミングの授業に真面目に取り組んでよかったと思います。
三井 カリキュラムの改組により、学生はプログラミング技術を向上させ、物理現象をPC上でビジュアル化できるようになりました。従来のように頭の中で仮想的に考える物理学から、視覚的に理解を試みるオープンな物理学に変わってきています。この変化は科学全体の潮流にも合致しており、学生は将来にわたって使い続けられるスキルを身に付けたと言えるでしょう。
■部活動と両立しながら研究に打ち込み、学会発表にも挑戦
三井 水谷さんは、現在私の研究室に所属して卒業研究に取り組んでいますが、どんな理由で研究室を選んだのですか?
水谷 三井研究室では、心筋細胞を使ったメカニズムの解明など生物物理学研究を行っていますが、もともとスポーツをやっていて体の仕組みや医療への関心が強かったので、三井研究室を選びました。研究テーマに関することだけでなく、回路の設計や機械工作、プログラミングなど、社会に出てから役立つ幅広い技術を身に付けられる点も研究室を選んだ理由です。
三井 水谷さんはアーチェリー部に所属していますよね。文武両道という言葉は、一般的には部活動と学問が異なる領域であることを前提としていますが、実は物理学はスポーツを極める上で不可欠な学問です。空気抵抗を含む流体力学を理解することで、記録の向上にもつながります。
水谷 アーチェリーは用具の部品も多いので、機械的な要素が多いスポーツだと思います。矢を放つ方向や狙う角度など、物理が生きるシーンが多いです。
三井 部活動と両立しながら、研究に真摯に取り組んでいますね。先日行われた「第85回 応用物理学会秋季学術講演会」でも学部生ながら研究発表を行い、その功績が高く評価されました。
水谷 研究室に所属してから、3年次までに学んだことを応用して研究に取り組んでいますが、1年間では物足りないと感じています。そのため、今は大学院への進学を考えています。
三井 大学院生は、先端技術研究開発センター(CAT)などの研究施設も活用しながら、実験装置の製作から実験結果の評価までを自ら行います。大学院に進学したら、水谷さんにも研究と並行して装置開発に取り組んでもらいたいと思います。医療分野においては、今後、物理的な解析が疾患の要因解明や治療法の開発において重要なヒントを提供するでしょう。その基盤として、水谷さんが取り組んでいる研究が心臓の機能や疾患メカニズムの解明に貢献し、将来的には心疾患の新しい治療法の探求につながることを期待しています。

■物理科学科で学んだ学生には、多様なキャリアの選択肢がある
水谷 博士前期課程の2年間ではより多くの論文を読み、問題を解決するための思考力を向上させ、主体性をもって研究に没頭したいと考えています。これまでは、物理現象の仕組みを理解していくことに面白さを感じていましたが、学びを深める中で、それをどんなふうに応用できるかという発想が浮かんでくるようになりました。そのため、今後は研究経験を生かせる研究開発職に就きたいと考えています。
三井 博士前期課程の2年間はインターンシップや就職活動も並行して行うので、研究だけに多くの時間を費やすことができません。けれど、時間管理能力の高い水谷さんなら、それらを両立することができると思います。AIの登場によって、研究結果の解析手法がこれまでの時代とは大きく変わり、無駄に労力や時間をかける必要がなくなってきました。実験を終えた後の考察や次の実験の計画に十分な時間をとれるようになりましたし、学生の生活面も改善してきていると思います。
水谷 そうですね。私は部活動と研究を両立していますが、それほど大変には感じていません。今は医療の領域をテーマに研究をしているので、大学院修了後の就職先としては医療機器メーカーを視野に入れています。

三井 当研究室の卒業生は、医療機器や光学機器、電子機器メーカーなどに多く就職しています。中には、研究を通じて臨床への貢献を目指し、専門性の高い医療系企業に進む学生もいます。物理科学科一期生全体の進路としては、約2/3が大学院に進学しており、今後もその割合が半数を超えると期待しています。一方で、学部卒業後に就職する学生の進路も多様で、情報通信業や製造業を中心に、金融、商社、建設、教員など幅広い業種に内定が決まっています。物理科学科で学んだ学生は、機械工作から回路設計、プログラミングまでを1人でこなすスキルを持ち、開発現場で高く評価される人材です。さらに、プログラミングやAI技術を活用すれば、情報工学やバイオメディカル、金融工学といった他分野との連携も期待でき、選べるキャリアの幅が大きく広がります。物理学は自然現象を解明する学問ですが、そこで培ったスキルは、科学の枠を越え、社会学やその他の分野でも応用可能です。
■熱中できることを見付けたいなら、ぜひ物理科学科へ
水谷 身近で起こっている未知の物理現象について探求心を持っている高校生にとって、物理科学科での学びは楽しく感じると思います。
三井 物理科学科の学生を見ていると、たとえ大変でも自分たちが熱中することを楽しんでやっていますね。学生実験でも、仲間同士で遅くまで残って納得のいくまで頑張ろうとする学生がいます。一般的には大変なことを避けるような風潮があるかもしれませんが、中には本当に好きなことだったら頑張りたいという高校生も多くいると思います。大学での学びをなかなかイメージできないかもしれませんが、「物理は大変そうだから」と最初から排除してしまわないでほしいですね。
水谷 理工学部生のうち5割ほどが大学院に進学しますが、成績が優秀であれば「理工学研究科 特別給付奨学金」を活用することもでき、学びを追求したいという学生を支援する制度も整っています。
三井 博士後期課程の学生に対しては、院生助手として実務経験を積みながら給与を得られる制度も存在します。他にも、「若手研究者育成奨学金」や「AGU Future Eagle Project(博士後期課程学生支援プロジェクト)」など、学術分野の未来を支える若手研究者をサポートする体制が充実している点は本学の特長と言えるかもしれません。
関連リンク:大学院生の支援制度
水谷 大学では、高校物理では説明しきれないミクロな世界まで学びます。物理科学科では学ぶ範囲が限定されていないので、力学や電磁気学、熱力学など多くの分野を学ぶことができ、機械に触れたり、プログラミングの経験を積んだりすることもできます。私がそうだったように、まだ学びたい分野を絞れていない高校生にはおすすめの進学先です。
三井 進学先を選ぶ段階では卒業後のキャリアをイメージしにくいかもしれませんが、物理科学科は幅広いキャリアの選択が可能な学科であることは確かです。科学としての研究活動を通じ、これからの社会に必要な人材を育成することが物理科学科の役割だと思っています。「物理」という名前にとらわれず、最先端のツールの習得と幅広い科学を探求する学科として、さまざまな領域やキャリアを目指す学生に、部活動のような充実した学びの場を提供していきたいですね。
主要研究領域
【物性物理】
物性物理関係では、Rydberg原子系や、固有Josephson接合系の量子制御、高温超伝導物質の結晶制御、低次元スピン系物質の量子相転移などの研究が行われています。
【宇宙物理】
宇宙物理関係では、気球、人工衛星、そして望遠鏡による暗黒物質の探索や突発天体の観測、ブラックホール誕生の瞬間であるγ線バーストの研究が行われています。
【生物物理】
生物物理関係では、一分子計測、ナノデバイス、非平衡統計力学などの手法による、生体分子や細胞・組織を対象とした、生命現象の物理学的研究が行われています。