学科改組後、初の卒業生が社会に羽ばたく!
「数理サイエンス学科」編
2025 2.20
数学と向き合う経験が社会で活躍する力を育てる
数学・数理科学の進歩やその応用の拡大を踏まえ、より専門性を高めたカリキュラムを構築するため、2021年4⽉、理⼯学部物理・数理学科は「数理サイエンス学科」と「物理科学科」の2学科に改組しました。初めての卒業生を送り出す時期を迎えるにあたり、全2回にわたってそれぞれの学科を特集します。今回は、学生と教員との鼎談を通して、数理サイエンス学科での学びの特長や進路などについてご紹介します。
「数理サイエンス学科」 学生 × 教員 鼎談

理工学部 数理サイエンス学科
4年
野上 萌⼠ 写真左
理工学部 数理サイエンス学科
3年
伊藤 亮太 写真中
理工学部 数理サイエンス学科
教授
増田 哲 写真右
■学科の改組後、数学への熱意にあふれた学生が多く入学するように
増田 2人は数理サイエンス学科が新設されてから入学されていますが、本学科を進学先に選んだ理由は何だったのですか?
伊藤 大学で数学を学びたいと思っていたので、それがかなう大学を候補にしました。大学で学ぶ数学には、抽象度の高い「純粋数学」と統計や数理ファイナンスなどの「応用数学」がありますが、進路を選択する時点では自分がどちらの方が得意なのかは分かりませんでした。数理サイエンス学科のウェブサイトには、純粋数学と応用数学の両方を学べると書かれていたので、学びながら自分の適性を見極められると思い、本学科に進学を決めました。

野上 私の場合、自分が得意としていた数学の配点が重視される入試方式があったことが決め手になりました。中学生の頃から数学が得意だったのですが、それまでは公式を暗記して問題を解くという感じでした。高校に入ってから、公式が導き出される過程を自分で考えながら学ぶようになり、数学が好きになっていきました。
増田 数理サイエンス学科が新設されて以降、2人のように数学が好きで、数学を学びたくて入学してくる学生が増えたという印象があります。野上さんたちの学年が本学科の1期生ですが、大学院に進学する学生も増え、意欲的な学生が多くなったように思います。

■高校数学では味わえない専門的な数学を学ぶ楽しさ
野上 「代数学I」は増田先生が担当されていますよね。代数学は抽象的なので、実態がつかめないと何も分からないというようなこともあるのですが、先生はたくさんの具体例を紹介しながら解説してくれるので、イメージがつかみやすいです。抽象的な定義であっても、自分が知っている具体例を通して考えてみるということを繰り返すと規則性が見えてきて、定義の意味をだんだんと理解できるようになってきます。
増田 数学を理解するための基本的な姿勢ですね。野上さんは津田研究室で複素解析学分野の研究に取り組んでいますが、これまでの学びの中で解析学に面白さを感じたのでしょうか。

■考え続けた先に「分かった」経験は、自分を成長させる
増田 伊藤さんは学ぶことに意欲的で淡々と数学に取り組んでいるような印象を受けますが、学習面で苦労していることはありますか?
伊藤 大学で数学を学ぶようになってから、高校生の頃に習った数学は何となく理解した気になっているだけのことが多いことに気付きました。なんとなくの理解で学びを進めていってしまうと、テキストに書かれている主張は直感的に正しそうだと理解できても、いざ自分でそれを証明しろと言われると難しいということになってしまいます。テキストを読む際は、どういう事実を使ってその議論を推し進めているのかをかなり意識しながら読まなくてはいけないので、最初の頃は数ページ読むのにも相当時間がかかりました。

増田 なぜそうなるのか立ち止まって考えられるというのは、テキストをそれなりに読めている証拠ですよ。漫然と読み流していると、「理解したつもり」がどんどん積み重なって、振り返ると何も分かっていなかったとなってしまいますから。野上さんはこれまでを振り返って、苦労したことはありましたか?
野上 伊藤さんが言ったことと似ているのですが、そもそもの定義の意味が理解できないと、その後の定理や命題を読んでもよく分からないということがあります。まずは定義を理解することから始めないといけないのですが、その作業に苦労することが多いですね。代数学の講義で増田先生がされているように、自分の中で思いつく例を書き出して規則性を見出すということを意識するようにしています。こうした学びを繰り返すことで、分からない問題に直面した時に「どうすればいいのか全く分からない」ということが少なくなり、自分の中に解決する方法が生まれるようになってきたと感じています。
増田 数学の理解は一朝一夕には進みませんが、考え続けてついに分かった瞬間の快感は何物にも代えがたい経験です。分からないときは、「すぐに分かることばかりではつまらないではないか」と開き直るくらいの姿勢で、粘り強く、楽しみながら数学を学び続けてほしいと思います。
■人前で話す演習を通して高いコミュニケーション能力を身に付ける
増田 本学科のカリキュラムは、数学・数理科学に関する基礎力や問題解決能力はもちろん、理解したことを他者に伝えるためのコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力を身に付けてもらうことを重視しています。2年次までは数学の解答を他者に伝わるように論述できるようになることを、3年次以降はそれに加えて数学の内容を他者に伝わるよう書きながら話せるようになることを目指したカリキュラムになっており、演習科目が充実している点が本学科の大きな特色です。
伊藤 演習の中でも3年次の「数理専門演習I・II」はこれまで最も主体的に取り組んだ授業でした。この授業は2コマ続きのもので、前半は既習事項の問題演習として、学生が自分で解いてきた解答を黒板に書きながら発表します。後半はテキストセミナー形式で、あるテキストの指定された部分を各自が担当し、その内容を皆に分かりやすく、やはり板書しながら解説します。演習を通して1・2年次に学んださまざまな科目を細かいところまで復習をすることができ、人に伝える能力も身に付けられたと思います。
増田 数学の本は、著者にとって当たり前の内容が省かれていることも多く、学生の皆さんにとっては1行読み進めるのに数時間かかることもしばしばあります。その省かれてしまっている部分も明らかにした上で発表してもらいます。数学の理解を深めるための近道のひとつは、板書しながら人に数学を説明することです。既知の事柄を習得する「勉強」であっても、未知のテーマを開拓する「研究」であっても、人に説明しようとすることの効果は絶大です。4年生や大学院生になるとこのセミナー形式が標準的なスタイルになるので、3年次の数理専門演習はいわばその準備体操ですね。
野上 数理専門演習は学生が主体的に取り組まざるを得ない授業ですよね。普通の講義の場合、テキストの中で分からないところがあったとしても、先生の解説を聞きながら理解していくことができます。でも、数理専門演習の場合は自分で本を読み込み、発表するために人一倍理解しなくてはいけません。分からないことがあったら友人と話し合うなどして、多くの時間を割いて準備をした上で授業に臨んでいました。
増田 「数学の学習は1人でするもの」と思われがちですが、友人たちと議論することは数学を学ぶ上で大いに役立ちます。自分では分かったつもりになっていたけれど、実は分かっていなかったということも明確になります。質問をしたり、質問に答えたり、自分が理解したことを説明したりすることは、理解を深める効果的な方法です。人に話すことでより深い理解を得られるので、数学を理解するにはコミュニケーション能力が実はきわめて重要なのです。逆に、数学の理解を深めることでコミュニケーション能力が身に付くとも言えますね。

■成績優秀者を対象とした奨学金が大学院への進学を後押し
野上 卒業後は、そのまま本学の大学院に進学する予定です。もっと数学を学びたいという気持ちがあり、数学が好きだからこそ少しでも数学に関わりのある専門職に就きたいと思ったことが進学の理由です。
増田 大学院に進学する学生は、物理・数理学科の時と比べてかなり増えまして、一期生の大学院進学は全体の3割ぐらいです。学内進学を希望する学生のうち、成績上位者には授業料の全額または半額が給付される「理工学研究科 特別給付奨学金」があるので、こうした制度も大学院への進学を後押ししていると思います。
野上 私もこの奨学金を利用する予定です。全額給付であれば国立大学の大学院よりも安い学費で大学院に進学することができるので、奨学金があるから進学を決めたという友人も多いです。
伊藤 私はまだ3年生ですが、大学院への進学を考えているので、奨学金の存在は魅力的です。成績上位者だけが申請できる奨学金なので、申請資格を得るために勉強を頑張ろうというモチベーションにもつながっています。
増田 2人とも大学院に進学したら、これまで以上に数学に対して意欲的に取り組んでほしいですね。博士前期課程では徐々に「勉強」から「研究」へと移行していきます。自分自身で未知のテーマを開拓する研究には、勉強とは異なる大変さがありますが、「分からない」という状況も含めて数学そのものを楽しんでくれたらいいなと思っています。
■数理サイエンス学科で培った思考力と伝える力はどこでも通用する
増田 卒業生は大学院に進学する以外に、中学校・高校の数学の教員になる学生が多いです。一般の企業に就職する場合、職種としてはシステムエンジニア(SE)や金融系の職種が多いでしょうか。大学で学んだ数学をそのまま仕事に生かせる職業に就く人はあまりいないかもしれません。そのような卒業生にとって社会に出てから本当に役立つのは、数学の知識そのものよりも、数学を学ぶ中で培われた思考力と伝える力です。何か課題があったときに、その根源までさかのぼり、そこから一歩一歩理解し、さらに理解したことをきちんと伝わるよう話せる能力は、どんな職業に就くにしても重要です。だからこそ、本学科ではその力を鍛えることを中心に位置付けて、カリキュラムを編成しています。
伊藤 理解したことを人に伝えるという授業を通して、自分が得意なことや好きなことを人に話すときにバイアスがかかってしまうことに気付きました。いつの間にか相手を置いてきぼりにして話を進めてしまっていることがあるので、そういうところは意識して改善していこうと思います。
野上 私も伊藤さんと同じように、自分の持っている知識が前提のものだと思い込んで話をすると、理解に食い違いが起きてしまうということを3年次の数理専門演習で経験しました。4年生になってからは、相手には予備知識がないものだと思って、前提になる知識や具体例を交え、自分がどういうプロセスで理解したかも含めて、その場で皆が一緒に理解できるように発表するようにしています。
増田 カリキュラムに沿って学べば、自分の考えや事実を正しく分かりやすく周りに伝えるコミュニケーション能力や、根本に立ち返って考えるという習慣が自然と身に付いていくのではないかと期待しています。4年間しっかりと勉強すれば、どこでも通用する論理的思考力とコミュニケーション能力が身に付くというのが数理サイエンス学科の良いところです。2人は数学が好きで入学したタイプだと思いますが、同じように高校までの数学が好きなら、ぜひその延長として本学科で楽しみながら数学を学んでほしいですね。また、与えられた問題を時間内に解くような高校までの数学のスタイルが合わなくても、大学の数学ではじっくり考えることが大事になるので、時間をかけて考えることが好きな人なら、ぜひ本学科に来てほしいと思います。
「数理科学」分野の探究領域
数理科学では、さまざまな物や現象の対称性を数学的に探究する表現論、数理物理学や数学の諸分野とも深く関係する非線形可積分系、生物界の複雑現象を数理モデルを用いて解明する生物数学、経済・金融分野の課題に数理科学の知見に基づいて取り組む金融工学、天体の運動や気象に現れるカオス現象を研究する力学系理論、不確実な現象やランダムに起こる事象を数学的に取り扱う確率論などの分野で最先端の研究が活発に行われています。