AGU NEWS 特集

ヒューマンライツ学科学際的なアプローチが実現する、
深く広い「人権」の学び
2026 3.19

多角的な学びを通して人権課題に向き合う

日本で初めて「人権」を専門的に学ぶことの出来る学科として誕生したヒューマンライツ学科。「ヒューマンライツ」という名称には、国境を越えた普遍的な人権概念が込められています。法を軸に多角的な視点から人権課題に向き合ってきた同学科は、この春、初の卒業生を送り出します。今回は3人の学生に、学習内容や学科での学びから得た成長について伺います。

学科 第1・2期生 鼎談

「ヒト・モノ・カネ」を
総合的に捉える
「経済学」の視点から
人権を深掘りする

法学部 ヒューマンライツ学科 4年
石川 楓
東京・私立青山学院高等部出身

ゼミナール指導教員
研究テーマ
経済学、経済政策、公共経済学

自らの原点でもある
「商店街」の再生を
「地域活性化」の視点から
学術的に探る

法学部 ヒューマンライツ学科 3年
小松 芽衣
神奈川・私立横浜隼人高等学校出身

ゼミナール指導教員
研究テーマ
地方自治・地域づくり:
「人々の動き」から学ぶ

「質的社会調査法」
を通じ「深く聞く」
ことの意義を学ぶ

法学部 ヒューマンライツ学科 3年
土肥 恵
東京・私立聖学院高等学校出身

ゼミナール指導教員
研究テーマ
質的社会調査

■ それぞれの出会いから始まった「人権」の学び

――「人権」という分野に興味を持ったきっかけと、ヒューマンライツ学科の志望理由を教えてください。

土肥 私は中学生のとき、カリキュラムの一環でタイにホームステイしたことをきっかけで「人権」への関心が芽生えました。山岳民族のご家庭に滞在してボランティア活動を行う中で、現地の貧困問題に直面したのです。大学ではそのことがらを学問的に深めたいと考え、ジャーナリストとしての深い知見をお持ちの森本先生から現場主義的なアプローチを学ぶことを目標にヒューマンライツ学科に入りました。

小松 私は祖父母から戦時中の話を聞く中で、集団的な暴力や差別が個人の尊厳をいかに無慈悲に踏みにじるかを痛感し、平和への強い願いを持つようになりました。自分の問題意識を深めるには、社会の根本的な構造への理解が不可欠だと考えていたところ、日本で初めて「人権」を学科名に冠したヒューマンライツ学科と出会いました。学際的なカリキュラムで多角的に人権問題を追究できるのも魅力でした。

石川 私は、高校のボランティア部の活動を通して知的障がいがある方々と関わる中で人権に関する関心が生まれました。ヒューマンライツ学科では、自らの中にもある差別や偏見という問題を見つめ、社会課題としても深掘りし、思考しながら解決していきたいと考えました。

――実際の学びについて伺います。1・2年次で特に印象的だったことを教えてください。

土肥 「公共政策実習A」の実習授業で、北海道にある「沼田町就業支援センター」を訪問したことです。同センターは、少年院の仮退院者を対象に職業訓練を行う自立支援施設で、現地では入所者の方とトマトなどを収穫しながら個別に語り合う時間もありました。私はそれまで少年院の出所者に対して先入観を持っていました。しかし実際に出会った方たちは、私と年齢も近く、それぞれ夢を持つ青年であると知り、大きな気付きを得ました。また、大学で学んでいる「法や制度」が、実際に人々の人生を左右していることも実感しました。さらに、犯罪の背景にはさまざまな要因があると知ったことで、「彼らはなぜ犯罪に及んでしまったのか。社会の側に責任はないのか。」という疑問を持つようになりました。そこから「自分には何ができるだろう」「問題の背景をもっと深く学びたい」という思いが生まれ、現在は家庭裁判所からの依頼で在宅観察中の少年たちに勉強を教えるボランティア活動をしています。

小松 私は、1年次の「法学入門」の授業レポートで、人生で初めて裁判所へ傍聴に行ったときのことが強く記憶に残っています。傍聴したのは窃盗事件の刑事裁判でしたが、意外だったのは、裁判が単に罪を裁く場ではないということでした。その裁判では、被告人が精神的な不調や住居喪失により福祉支援から孤立し、生活が困窮してしまったという「生きづらさ」の背景や、今後の生活再建に向けた話に焦点が置かれていたのです。私はこの傍聴を通じて、法とは単なるルールや条文ではなく生身の人間の生活と直接結びついている「生きた法」であるという認識を持つことができました。

石川 印象に残っているのは、2年次で履修した授業が、自分が思っていた成績と異なっていたことです。授業も全て出席し、自分なりに考えたレポートも提出した結果だったので、自分が授業の中で感じ取った考えと先生が学生たちに伝えたかったことに相違があったのだと考えました。つまり、客観的な捉え方や多様性について、自分のレポートの中で充分に伝えきれていなかったことに気付かされました。人権をめぐる問題は人によって考えが異なる部分も多くあります。今振り返るとこの出来事も「答えが一つではない学び」としての興味深い結果であるように思いました。
その他には「現代史B」の授業で都内にある東京大空襲の慰霊碑を訪れたときのことが心に残っています。それまで戦争についてはメディアや映像から情報を得るだけでしたが、自分の目で慰霊碑を見て、現地でしか感じることのできない空気に触れたことは新たな学びになりました。

■「人権」を軸に、個性と専門性を培う

――3年次からはゼミナール(ゼミ)に進まれました。ゼミの志望理由を教えてください。

土肥 私は入学前からの希望が叶い森本先生のゼミで学んでいます。現在は個別インタビューを重視する「質的社会調査」について学んでいます。以前から私は「社会問題の当事者の声を社会に伝えたい」という強い思いを持っており、その実現に最も適しているのが、一人一人と深く向き合う質的調査の手法だと考えたからです。

小松 もともとは平和への関心から入学したヒューマンライツ学科ですが、シャッター商店街の再生について取材したドキュメンタリーに感銘を受け、現在は森先生のゼミで地域活性化について学んでいます。というのも、私自身が商店街で生まれ育ち、地元の商店街の衰退を肌で感じていたからです。地域再生に向けての理論や手法を専門的に学びたいと考え、ゼミを選びました。

石川 私は佐藤先生のゼミで経済学を学んでいます。2年次の授業で、経済的な問題と人権の問題が重なり合い、より困難な状況に置かれている方の事例を学びました。その経験を通して、人権をより現実的に理解するためには、「ヒト・モノ・カネ」の三要素を網羅する経済学の視点が欠かせないのではないかと考えるようになりました。

――ゼミの学びの中で、最も印象的だったことを教えてください。

土肥 夏のゼミ合宿で北海道を訪れ、アイヌ民族団体「ラポロアイヌネイション」の方々とお会いしたことです。マンガ『ゴールデンカムイ』や文化施設「ウポポイ(民族共生象徴空間)」などの影響で、「アイヌ」は親しみやすい存在として一面的に扱われる場面も増えていますが、実際には江戸時代からの搾取の歴史があり、現在も大学進学率の低さや生活保護受給世帯の多さといった多くの課題を抱えています。これらの問題について事前学習は行ってきたものの、やはりアイヌ当事者の皆さんと直接対話し、初めて理解できたことも数多くありました。お会いしたラポロアイヌネイションの皆さんはとても気さくで温かく、当事者の声を直接聞くことの重みと興味深さを再認識しました。この経験を経て「差別の問題を社会に伝えたい」という思いが芽生え、将来的に新聞記者を志すようになりました。またアイヌの伝統儀式には多くの新聞社が取材に訪れており、新聞記者の方々が真摯に取材する姿を目の当たりにできたことも卒業後の進路を考える上で大きな後押しになりました。

フィールドワークの内容をゼミで発表する土肥さん

小松 ゼミでの学びで印象に残っているのは商店街の現状を調査したことです。調査の中で知ったのは、商店街の衰退が進み、運営の継続が困難となった場合、アーケードの撤去には数千万円規模の費用がかかる可能性があるという現実です。かつて賑わいの象徴だったアーケードが未来への足かせへと変わってしまうという、その構造的なジレンマに強い衝撃を受けました。また、私たちが調査した地域では5つの商店街が連なっており、運営効率の面からは一本化が望ましいとされていました。しかし実際には、それぞれの商店街が積み立ててきた資産の扱いや、アーケードの撤去費用の負担といった利害調整が難しく、統合には大きなハードルがあることも分かりました。

商店街の報告会で発表する小松さん

石川 私は証券会社の見学が記憶に残っています。株価が秒単位で変動する様子は大きなインパクトがありました。市場における大企業の存在感に圧倒されると同時に、私自身のアルバイト経験から、立場や役割は異なっても、一人一人の仕事が経済を動かしていることも実感できました。空襲の慰霊碑を訪れたときと同様に、自ら現場へ足を運ぶことで初めて得られる学びがあると感じました。

ゼミでの証券会社見学(石川さんは後列左から4人目)

■「正解のない問い」が思考力と心を育む

――ヒューマンライツ学科の学びの特長についてお聞かせください。

土肥 まずは1年次のカリキュラムの密度の濃さが挙げられると思います。学際性を重視しているヒューマンライツ学科では、学習分野も幅広く課題も多いので最初は努力を重ねる必要がありました。ですが、この時期に基礎知識を得たおかげで発展学習がスムーズになったことを感じています。必修科目の中には苦手意識のあった分野もありましたが、基本を学ぶことで格段に視野が広がりました。例えば私は数学が苦手だったため、経済学では苦労しましたが、社会問題の根源を考える上では経済の視点が不可欠であると気付くことができ、その後は積極的に学ぶようになりました。

小松 私が特に良いと感じたのは、現実に起きている人権問題をリアルタイムで学べたことです。例えば「旧優生保護法」に関して報道された翌日には、授業ですぐにその背景や問題点が取り上げられました。社会で起きている出来事をタイムリーに議論できたことで、人権の問題をより身近に捉えられるようになったと感じています。現役の弁護士やジャーナリストの方々による講義もあり、専門家の生の声から学ぶことができました。

石川 ヒューマンライツ学科ではディスカッションの機会が多くあります。人権問題には「正解のない問い」が多く、課題解決も困難なケースが多いので、議論を重ねていくと必ず行き詰まる瞬間があります。それでも「ここで諦めずに考え続けるにはどうすべきか」と、なんとか議論の転換を試みるのですが、それが面白くもあり大変でもありました。自分と考えの異なる人と意見を共有することには難しさもありますが、自分が「常識」だと思い込んでいたことが次第にほぐされていくのが良い点だと思います。

土肥 私もディスカッション形式は非常に良かったと思います。人権問題では、ある立場の解決が新たな問題を生むこともあり、そうした難しさも含めて粘り強く語り合うことで、自分の中にもある偏見や無自覚な暴力性に気付かされる機会が得られました。また、コミュニケーションを通じて友人が増えるのもディスカッションの良い点ですね。

小松 複雑な社会問題についてディスカッションを重ねていくと、「結局、この問題を解決するのは無理なのでは」と、自分の無力さに突き当たりがちです。ですが、そこで考えることを放棄せずに「何か小さなことからでも、自分たちにできることはないだろうか」と模索し続けることが大切だと思っています。

――入学前後での変化について教えてください。「人権」の捉え方にも変化はあったでしょうか。

土肥 岸政彦氏の著書の中で「質的社会調査法の目的とは、世界がいかに複雑であるかを深く調べること」という趣旨の言葉があります。世の中は本来、混沌としたものですが、ときに私たちは表面的な分かりやすさを求めるあまり、物事を「善か悪か」という二項対立で捉えてしまいがちです。しかし個別インタビューを中心とする「質的社会調査法」を学び、多くの方からじっくりと話を伺う中で、人の言動や事象には複雑な背景があることが理解できました。今では物事を安易に判断することを避けられるようになったと感じています。社会の分断が問題となる今だからこそ、また記者を志す者としても、「他者の話を深く聞く」という姿勢を大切にしていきたいと思います。

また、以前は、人権とは「できれば守るべきもの」といったもので、その遵守は個人の判断に委ねられているものだと捉えていました。しかし、日本は「国際人権規約」に批准していること、「国際人権法」の授業で人権について体系的に学んだことで、人権とは全ての人に保障された「みんなで守らなければならないもの」であることが理解できました。さらに「人権」という世界共通の客観的な判断基準を学んだことで、社会問題を考える際の論理的な根拠を授業で得ることができました。

小松 私は、商店街のアーケード問題や運営の一本化問題など、複雑で先行きの見えない課題について、葛藤しながらも考え続けることで自分の考えを深めることができました。また、自分の地元以外の商店街についても、その地域が抱える問題を自分事として捉えるようになりました。
以前は人権問題について、国際紛争や歴史的な社会運動など、日常から離れた場面での出来事であり、特定の状況や人物に限られたものという認識でした。しかし、今では、人権問題は何気ない会話や身近な環境といった日常にも深く関わっていること、私たち自身の無意識の偏見などにも原因があることを知りました。また「貧困」「ジェンダー」など、人権問題はそれぞれが独立した問題だと考えていましたが、実際は複数の問題が複雑に絡み合い、差別や困難が増幅されていることも理解できました。

石川 ゼミで経済を深く学ぶ中で、経済と人権という2つの視点をリンクさせて考えられるようになりました。例えば、税制や経済支援計画を整えることで、社会的に弱い立場にある人々の人権もサポートし、よりよい社会を作っていけるのではないかということも考えるようになりました。また世情と株価の関連性への興味も生まれたので、自分でもNISAを始め、経済の動きを肌で感じることができています。
私にとって、日常のふとした瞬間にも人権について考えるようになったのが4年間の一番の変化ではないかと思います。親戚が集う場で、母や祖母といった女性だけが立ち働いている姿を見ても、以前は何も感じませんでした。しかし現在は「今、自分はこの状態を“当たり前”だと捉えている」と気付けるようになりました。また、以前は「人権とは強者が弱者を庇護するもの」と捉えていましたが、今では、両者は対等であり「人権とは相手を尊重するもの」という意識に変わりました。

■「常識」を疑い、人権の学びを未来へ

――ヒューマンライツ学科で得た学びを、今後どのように生かしていきたいと思われますか?

土肥 「人権」とは一部の特別な人のためのものではなく、「誰もが持っている当たり前の権利、生活の基盤」であるという考え方を広げていくため、将来は新聞記者などメディア関連で働きたいと考えています。

小松 ニュースやSNS上の投稿に接する際は、その情報が「誰の視点から語られているか」「誰の視点が欠けているのか」を常に意識していきたいと思います。また、私自身の行動や、社会の固定観念がマイノリティーの方々を苦しめる壁になっていないかも常に自らに問いかけていきます。

石川 かつての私は、多くの事柄に関して、自分の目で確かめる前に伝聞の情報だけで判断し、偏見を抱くことも多かったと思います。ですが、ヒューマンライツ学科4年間で多くを学び、自分が“常識”だと思い込んできたことを疑う姿勢を培うことができました。今後もその姿勢を大事にしていきたいと思います。

――最後に、ヒューマンライツ学科に関心を持つ方々へのメッセージをお願いします。

土肥 私にとって、ヒューマンライツ学科での最大の発見は「人権問題は日常と地続きのもの」ということでした。石川さんがおっしゃっていた家庭内における女性の権利や、高齢者の孤立といった日常的な事柄とも共通するものです。ヒューマンライツ学科には、身近な関心から出発できる取り組みやすい学びがあることを知ってもらえたらと思います。

小松 この学科で学ぶに当たっては、「自分にとっての“当たり前”が、他の人にとっては違うかもしれない」という想像力をぜひ大切にしてもらいたいと思います。大きな差別問題を解決するための最初の1歩は、こうした日常の小さな想像力だと私は思います。

石川 ヒューマンライツ学科では、人権というテーマを通して、人と人とのつながりや個人の在り方に深く向き合う機会が多いので、人間関係に関心や疑問を抱いている方にぜひ入学していただきたいと思います。さまざまな問いを自ら噛み砕いて理解していく機会が得られるので、多くの方にとって有意義な学びの場となるはずです。

ヒューマンライツ学科とは?

法学部
ヒューマンライツ学科
主任

森 裕亮

ヒューマンライツ学科は、「人権」という切り口から法を学ぶという日本で初めての学科として2022年に誕生しました。“ヒューマンライツ“という名前は、設立に携わった人々のさまざまな想いが込められているのですが、私はあえて「権利」というより、ヒューマン=人間、ライツ=正しいこと、つまり人間にとって正しい道を探求するという意味があると思っています。広く言えば、みんなが暮らすこの社会をどうやって生きやすくしていくか、ということです。ですから、法学部生として法律は学びますが、人々が生きる社会をどうやって良くしていくかという関心から政治、経済、社会、公共政策というように幅広い分野の知識を身に付けます。人権問題というと社会的弱者や少数派といったような大変な困難に直面している人々だけに関わる印象があるかもしれませんが、本記事を読んでいるご自身の日々にも関わるものです。例えば、毎日使う「交通手段」ひとつをとってもヒューマンライツの学びにつながります。人々が抱える、またはこれから抱えるかもしれない問題をどのように乗り越え、生きやすい社会を作るか、ということを学び、答えが1つでなく、複雑で解決が難しい問いに挑戦するというのがヒューマンライツ学科の面白さです。

ゼミナール紹介(AGU LiFE)

在学生の声(AGU LiFE)

研究紹介(AGU RESEARCH)